創業150年以上の歴史ある醸造元、
味噌への愛情を商品に込めて。
株式会社花角味噌醸造は、2007年に創業150年を迎えました。安政4年(1857年)に初代花角喜兵衛が、花印味噌・醤油の醸造を開始し、広く販売するようになったのが始まりです。商標の「カクリキ」は、花角家の先祖がお殿様に力自慢を賞賛され、桝の中に「力(ちから)」と書いた印を授けられたことに因みます。代々受け継がれてきた伝統的な味噌づくりを継承しながらも、新商品の開発にも果敢に挑戦。時代に合ったおいしさを追求し、多彩な商品展開で食卓に豊かな香りを届け続けています。
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| お殿様から授かった「カクリキ」印が刻まれた母屋の鬼瓦。 |
澄んだ空気、きれいな水、昼夜の寒暖差
城下町米沢の豊かな自然が味の決め手
花角家の先祖一族は清酒や酢の醸造元として上杉藩に仕えていました。新潟・会津を経て移り住んだ米沢は、澄んだ空気と吾妻山系のきれいな水、そして良質な穀物に恵まれた土地。気候変化が激しく、昼夜の寒暖差が大きいことも味噌づくりには適していたのでしょう。花角家が自家用に作っていた味噌がうまいと評判になり、本格的に製造、販売を始めることになったのです。
その5代目醸造元の長男、一人息子として生まれた花角圭一さんは、ごく自然に後継者としての自覚を持ち、大学進学の際にも迷わず日本で唯一、醸造科学科のある東京農大を選択したのでした。現在、会長職にある父の喜次郎さんは、若い頃から長きにわたって味噌づくりの最前線に立ってきた豊富な経験の持ち主。喜次郎さんも圭一さんもみそ製造技能士1級、有する資格は同じでも味噌づくりに対する思いはまだまだかなわないと、圭一さんは要所要所で喜次郎さんにアドバイスを求めるといいます。
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| 大釜で大豆を炊く工程。この炊き加減も味噌の出来映えを大きく左右する | |
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| 米麹と大豆を合わせて、さらに食塩を加える仕込み段階。その後、3〜35カ月ほど木桶に寝かせて発酵熟成させる | |
“味噌は引き立て役”を鉄則に
「飽きのこない味」を追究し続ける
味噌の原料は、米と大豆と食塩。米から米麹を作り、大豆と合わせて食塩を加えて発酵させるといういたってシンプルな工程。それだけに、非常に細やかな気配りが求められます。気温や湿度、その他さまざまな環境変化を総合すると一日として同じ日はなく、こうすれば100%大丈夫といった法則は存在しません。花角醸造では、こうじ味噌、長熟成味噌など、年に一度だけ仕込むものも加えれば約40種類もの味噌を製造しており、いっそう細やかな気配りが求められることになります。
多彩な商品展開をしている「カクリキみそ」ですが、全商品に貫かれているコンセプトは、“個性を出さず、具材を引き立てる飽きのこない味”であること。圭一さんは、毎食、シンプルな具材の味噌汁を食し、その日の天候などを意識しながら味噌の味を確認することを日課としています。微妙な味の違いや変化に敏感でいるために刺激の強い物や化学系の調味料はなるべく口にしないのだそうです。
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| 発酵が命の味噌づくり。厳しい眼差しで発酵管理にあたる圭一さん | 包装を待つばかりの完成品にも厳しい目を向ける |
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| 豊富な商品群の中の一部。味噌のおいしさをさまざまなスタイルで提案 |
味噌文化を広めるための商品開発や
食育、味噌づくり講座による地域貢献
昔ながらの味噌のほか、フリーズドライ味噌汁やみそ味のキャラメル、せんべいなど、ユニークな商品づくりにも力を入れている圭一さん。味噌のおいしさをもっと手軽により多くの人に味わってもらいたい、そんな気持ちが新たな商品を生み出し、味噌づくり講座といった地域活動に励む原動力にもなっているようです。さらに今後は、手づくり味噌とはどんなものなのかをわかってもらう努力が必要と、食育活動などを通じて子どもたちの味覚をしっかり育て、味噌の味のわかる大人になってもらいたいと願っています。
「醤油はすでに世界の調味料になっているのに味噌はまだ」と、認定試験に合格し第1期の味噌ソムリエとなった圭一さんは少し口惜しそうです。これからもさまざまな取り組みを通して日本の食文化には欠かせない味噌の魅力を発信し、巻き返しを図っていくのではないでしょうか。










