時代の要請やお客様の要望に応えて
切削工具研削から精研製造まで
手掛ける企業
株式会社マイスターは、当初「株式会社タカイ工機」の名称で昭和55年に設立。切削工具の研削を、高井作(つくる)社長と片桐さんが試行錯誤を重ねて徐々に技術を高めていき、超硬工具の精密加工分野に参入したのは昭和60年。3年後に本社および工場を河北町から寒河江市に移転し、株式会社マイスターと商号変更。お客様からの要望に応えるカタチで、それまでの工業用刃物の加工を基に、研削技術を生かし精密な治具や金型部品、精密機器部品へと分野を広げ、切削工具をはじめ多種多様な部品を提供し、ものづくりの原点を支えています。
![]() さまざまな形に切る道具「切削工具」 |
![]() 砥石に刃先をあてるまでが最も神経を使う |
まったく未知の分野への挑戦、
素直に吸収、相談できたことで習得
一度は東京に出たものの、やはり故郷での暮らしを選んで昭和50年ごろに帰郷した片桐さん。実のお兄さんの紹介で高井社長と出会い、以後ずっと仕事を共にしてきました。切削工具研削の会社を立ち上げることになり、1カ月ほど新潟の工場で基礎研修は受けたものの、ほとんど実践の中で試行錯誤しながら身につけていった技術だといいます。切削工具研削とは、ものづくりの現場で金属を切ったり穴を開けたりするために使うカッターやドリルといった刃物の切れ味を甦らせるために再研削したり、または一から研磨して作り上げる技術のことです。まったくの素人だった片桐さん、「今思えば、何も知らなかったからこそ、素直にいろんな事を吸収できたし、お客様と高井社長とで一緒に必死にがんばれた」と当時をポジティブに振り返ります。手先が器用だったことも幸いし、指摘や指導を受けたこと、試行錯誤した結果を逐一ノートに書き留めるというまじめで研究熱心な性格も手伝ってグングンと技能を高め、高度熟練技能者認定や山形県知事表彰を受けるまでに至ったのです。
![]() 「教えることは自分の勉強にもなる」若い技能者への指導もにこやかに |
![]() お客様の要望通りか、切削面を厳しくチェック |
60歳を過ぎても現状に満足しない
若い人の手法や専門誌から学び続ける
この道30年余り、高度熟練技能者となり、後進を育成する立場となった今でも、片桐さん自身、さらなる進化を目指して、専門誌から最新の情報を入手したり、若い技能者からも何かを学ぼうと熱い視線を送り続けています。経験値は高まる一方でも、視力の低下など年齢による衰えは認めざるを得ません。でも、それを仕方のないこととして諦めるのではなく、カバーする方法を工夫しています。また、金属やダイヤモンドを切ったり削ったりする機械加工の仕事では、気をゆるめると常に危険と隣り合わせ。そんな職場にあって、片桐さんはほとんどケガをしたことがないというのです。「際立った記録でもなんでもありませんが、片桐さんの本当の凄さの核心でもあるような気がします」と増田喜一総務部長。片桐さんの慎重な仕事ぶり、危険を敏感に察知し未然に防ぐ能力を高く評価しています。
ものづくりには欠かせない切削工具、再研削が終わるまでは工場がストップしてしまう場合も。だから、とにかく急ぎの仕事が多いといいます。それでも、「よく切れるようになって仕事がはかどります。」「助かりました。」とお礼の言葉をかけてもらえるとうれしくて次もまたがんばれるのだそうです。







